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動き

…んで、どう?

コロナ禍の学生生活の悲惨さを訴えるウェブ記事が頻繁に世間(ツイッターのトレンド)を賑わせているが、もう散々擦られたネタで飽きた。そんなお前も散々それについてツイートしているじゃないかと言われれば確かにそうなんだけど。改めて書かれるとねぇ…。どう?…んで、どう?「もう…けっこう!」

 

 

僕も学生なりにこの状況に真摯に向き合って”学生生活”をおよそ1年送ってきたのだけれど、確かに愉快な生活ではない。まともに外出できないのだから少なくとも確実に単位を取得して学業に励もうとはしている。きっと今学期の成績も悪くはないだろう。でもそれだけで、親に負担をかけてまで下宿暮らしをしているのに「京都はどうだ楽しいか?」と尋ねられれば首を横に振ってしまうだろうよ。正直地元の大学へ進学していた方が良かったのかもしれないなとさえ考える。

歯がゆいのは、恐らくこの状況に真摯に向き合っていない学生ほど愉快なキャンパスライフを過ごしているという事実があることだ。新天地でできた友人と思いきり外を駆け巡っている学生をインスタグラムで見かける度に素敵だなと羨ましく思う。それは彼らが悪いわけじゃなくて「ここまでならOK」の境界線が違うからなので仕方ない。と考えるほかない。そう考えている。

もしかしたら僕の考えるキャンパスライフが華々しすぎるものだったのかも。サークルで友達をたくさん作って、わいわい遊ぶみたいなやーつ。今じゃワイワイ出来ないんだ。本来学生はひとりで机に向かって勉学に励むものだ、と叫ぶ大人もいるだろうし。大人しく下宿先で猫背になりながら机に向かうのが目指すべき姿勢なのかも。でも座学はアテにならないってAマッソも言っていたしな~。座学飽きた。

 

高3の世界史の先生が、大学生のすべきこととして、ひとつ知らない人に出会うこと、ふたつ知らない場所へ行くこと、みっつたくさん本を読むことって仰っていたのをよく覚えている。当時は全部達成してやるぞと意気込んでいたけれど、今のところ読書しか達成できないじゃんね。なんそれ。感染対策をすれば人に会えるし、日本国内ならいけないこともないから、実行しないお前が悪いだろって言われればそれまでではある。

 

 

コロナガーコロナガーって言い訳して何もしないのも手持無沙汰なのでこの春はテーマを決めて小説を読むことにした。そのテーマってのは、アメリカ文学特にロストジェネレーションの作品。深い理由はないけれど、僕らの大学生活もロスジェネってるなという理由で。あとは今日から英語の勉強も始めようと思う。1日30分でもいいからTEDトーク聞いたり英単語覚えたりするぞ。

このエントリはそういう決意表明で、少なくともこの3月はロスジェネと英単語に向き合っていきましょーよっていう。俺たちで、流れに逆らってボートを漕いでいきませんか?向こう岸に愉快なものがあると思うんで。ねぇ、どう?こんなんで、ええんか?

 

 

追記 2021/3/2

 およそ1年前のエントリでも同様の趣旨のことを書いていた。この1年間で一歩も進めていない。

aoblue.hatenablog.com