The Azure

夢は夢のままで

やわらかい手首のスナップ

 僕が、手首のスナップを効かせて放ったボールがフープをくぐり、ネットを揺らして僕の元へ帰ってきたとき、僕は父親の言葉を思い出す。良いシュートは自分のところに戻ってくる、と。

 

 今日は何もない日だった。バイトがあるわけでもなければ、恋人とのデートもない、特にしなければならない課題もないし、オフだった。完全無欠のオフだったのである。最近シューティングをしていないな、と思い立ちその日初めて外に出たのは15時半くらいだった。

 

 10才のクリスマスに祖父からバスケットゴールをプレゼントしてもらった。僕がバスケットを始めて約1年がたったころだ。それからというもの僕は自宅の駐車場でせっせとシュート練習に励んだ。

 運動神経が鈍かったせいですばしっこいドリブルは僕には向かなかったし、視野も狭かったのでパスも得意ではなかった。しかし、練習すれば練習するだけ上達するシュートはとても楽しかった。僕がバスケットで「楽しい!」と感じられるのは、シュートが決まるからだ。

 

 現役でプレーをしていた時には毎日何本もも打っていたであろうシュートであるが、引退してからというものシュートを打つことはなくなってしまった。高校の教室にフープがぶら下がってはいないし、バイト先で店長からボールを渡されることもない。とはいえ、引退したのはほんの数か月前のこと。ありがたいことに、僕の身体はボールをリリースする作法を覚えていた。

 

 15時半から16時まで、たった30分ほどではあったが、シューティングをした。何度かすればすぐに感覚を思い出して、面白いくらいにシュートが入る。冒頭にあるように、綺麗にシュートが決まれば、ボールは戻ってくる。わざわざ自分がボールを取りに行かなくてもいいのだ。同じ位置から何度も何度もシュートを打つ。

 シュートを打っている間にはたくさん考え事ができる。小中学生の頃の僕も瞑想だなんだ、とか言いながらブログのネタを考えつつ、シュートをしていたことを思い出した。今と変わってないじゃん。

 

 シュートをしてもそれはバスケットボールをしたことにはならない。また誰かとバスケットしたいな。大学でそういうサークルにでも入ろうかな。優しい人が多そうだったら入ろう。

 

 小学生の時は近所の人に「シュート上手だね」と褒めてもらっていた。嬉しかったな。いつから言われなくなってしまったっけな。中学生?そのときに「大人になったな」と思ったことも込みで思い出になっている。次は「シュート上手だね」って言う番だ。