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夢は夢のままで

「おやすみ」の効用

恋人と付き合い始めて数ヶ月が経とうとしている。成り行きで付き合うことになったために、記念日などは存在していない。だが、両者ともに「面白いし、いいんじゃね」という考えなので無くても何の問題もない。周りの人間の方が、僕らの交際の長さを気にしている。そんなの彼らにはには関係ない。2人の問題である。

 


実は、そんな恋人とのLINEは1年以上続いている。高2の夏に海外研修と称してオーストラリアでホームステイを経験したのだが、最終日に互いのホームステイ先で電話をしたのを皮切りに連絡を取り合い続けている。多分途切れていない。話はまあまあ合うのだ。

 


付き合い始めてから、互いに就寝のときに「おやすみ」と一報するのが習慣になった。僕は早寝なので、起きてから彼女からの「おやすみ」を確認することが多い。これがとても精神安定に繋がる。とにかく良いのだ。

 


恋人がいつ寝たかなんてどうでもいいし、おやすみと送ってもなお起きていることなんてしょっちゅうあるだろうから、おやすみの連絡自体にはあまり意味はないような気がする。大事なのはルーチンワークであることだ。1日のどこかのタイミングで必ず恋人が自分のことを想ってくれているという安心感があるのだ。僕も所詮高校生なので、そのくらい分かりやすいのが良い。

 

 

 

そんなことを考えたのも、先日恋人からその「おやすみ」の連絡がなかったからに他ならない。別にそういうルールを作っているわけじゃないから、彼女を咎めるようなことはしないし、それをルール化するなんて以ての外だ。しかし、些細なことだと思っていたことが、案外クリティカルに大事だと分かる貴重な機会であった。

 


朝起きたときに恋人から「おやすみ」のLINEがなかったのはものすごく寂しかった。そして自分が予想していた以上に寂しく感じていたことに驚いた。

 

 


きっと、そんな連絡がなくてもなんとも思わない日が来るだろう。てかそのくらいまで長く仲良くいたい。

それでも僕は「おやすみ」と送り続けるのだろう。微々たる愛を込めて、明日もいい日にしたいと祈りを込めて。寝ない人間なんていないんだしね。