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夢は夢のままで

個性の純度

今やインスタグラムは現代を駆け抜ける中高生のインフラと化している。最近リアルアカウントを作ってそう感じている。ストーリーを見ればあの子とあの子が一緒にお出かけしていると分かり、その後の投稿を見れば詳しいお出かけの内容が分かる。周囲の人間が自らつけた足跡(ほとんどが見せるための華々しいもの)を拝見できるというわけだ。

 


同級生らの投稿を眺めると一定数いるのが、「個性を出す」ことを美徳とするような投稿・言動をする者だ。彼らが好きでやっていることに対して文句を言うのはダサいが少し気に食わなかったので書きたい。

 


彼らが出そうとしている個性は、承認欲求とかそういう類のものが根本にあるように感じる。他人と見かけで差別化することで「人とは違う」ことを見せつけている。「みんなにはない自分らしさ」を以って優越感に浸り威張っているような感じを受ける。そういう個性って純度が低くて、見かけは面白くても案外中身はなかったりするものじゃないかな。

 


だとすればどんな個性がいいのか。きっとそれは本人が気がつかないうちに「出る」個性だと思う。いわゆる芯のある考え方や信念が原因となってそれが外に現れるもの。そういったのが純度の高い個性なのではないかなと思う。

 


どちらにせよ、個性の純度がどうとか言っている僕には純度の高い個性などない。

 


こうやってインスタグラムで自己主張を意図的にしようとする輩にヘイトを覚えるのは、僕自身に彼らに似た気質があるのだろう。気づけないブスより気づくブス、なので彼らを反面教師にしていければなと思う。

 

 

 

もしあれが完全なネタだったらめちゃくちゃ面白い。