Under The Azure Sky.

商業高校生が綴るあれこれ。

勇気とは怖さを知ること?

恋愛は娯楽にすぎないってどこかの増田が言っていたけれど、その娯楽に手を出すこともできないのは残念で仕方がない。

 


交友関係を恋愛に発展させるセンスって、誰にでもあるわけではなくて、自分で磨かなくてはいけないのだと思うのだが、誰かに指を指されたり失敗したりするのが怖くてできない。臆病なんだろうな。石橋を叩いて渡らないタイプというか。思春期で恋愛ができなかった者は、大人になって恋したとしてもそれが恋愛感情なのか時間がかかり、タイミングを逃すのだろう。

 


高校生の今がチャンスだ。だがしかし、仲良くしたい女の子はいない。それこそ娯楽で付き合っている輩なんで星の数ほどいるのだろうけれど、責任感が僕をついて回る。これはお腹の奥底にある性格だろうから仕方ないな。

 


せっかくの高校生活に恋愛で色をつけたいのだけれど、そう簡単にできることではない(少なくとも自分にはできない)。

 


色恋沙汰まで受動態なんて笑っちゃうな。1度トライして、失敗して、その失敗が大事なんだろうけれど、一歩が踏み出せない。というよりは一歩を踏み出す地面がないと言った方が良いかもしれない。

 


頑張ろうぜ。同志よ。

無の40分

高校生になって1年と2ヶ月が経ったわけだが、どうしても納得できないことがある。自転車通学だ。あまりに無駄な40分を過ごしている。行き帰り合わせて1時間半なんて笑えねえぞ。毎日3時間する部活も、だらだら過ごす情報処理の授業も「高校生の良き懐かしき思い出」に浄化されていくのだろう。きっとそうだ。だが、自転車通学。お前は美化されることはないだろう。ただただ辛い思い出として僕の腹のなかに積もっていくんだ。雪みたいに。まぁ、時間が経てばすぐ溶けるのかもね。雪みたいに。

 


そんなに暇なら音楽でも聴いていけばいいじゃないとか言う輩がいるだろう。だが僕は運転中にイヤホンをつけるのはやめにしようと心に決めたのだ。死にたくないからな。もしものことがあっては困るんだよきっと。そういうことに関しては誠実でありたいと常々思っている。

それならスマホのスピーカーで聴けばいいという輩が現れる。言語道断!それは田舎の中学生か頭の湧いた高校生かもしくは田舎の頭の湧いた学生がすることだ。俺の中で彼らはイヤホンピーポー以上に不良である。ワンオクを垂れ流して下校するのがかっこいいと思っているのはお前だけだぞ。

 


あと1年以上も高校生活(自転車通学)が待っている。耐えるのだ。それ以上も以下もない。耐えるしかないんだ。

 

 

 

そして多分明日も僕は通り過ぎるバスに乗った高校生を睨んで自転車を走らせる。

我らが姫たちの争いについて

昨夜の残りの炊き込みご飯も、おかずのひじきも、今日の夕飯のカレーライスも食感しか分からない。そりゃ味の分からない食事なんて飽きるさ。鼻水が止まらなくなってから、食欲が随分と小さくなった気がする。「鼻詰まりダイエット」なんてどうかな?きっと流行るよ。

 

 

 

ぼくの風邪事情はさておき。

ぼくらのクラスは今年の夏に修学旅行と銘打った海外研修を約10日間行うことになっている。あと数ヶ月でオーストラリアへ行くのだ。全く実感が湧かないのが恐ろしい。

 


その研修の企画の1つに、数グループに分かれて現地の学校で日本や自分たちの学校についてのプレゼンを英語でするというものがある。そのグループ分けにもたもたしているのだ。ぼくらのクラスの姫たちが。

姫たちはおよそ30名。クラスの75%を占めている。これを均等に4つのグループに分けようとしているのだが、まぁ決まらない。学活の時間の半分以上を使っても決まらない。仲の良い友人と同じグループになり、かつ平穏に済ませようとしている者があまりにも多すぎる。そんなの無理だよ。一生別れるわけでもあるまいし、頑なにくじで決めることを拒まなくてもいいだろう。

もう少しこのくだらないチーム決めは続きそうだよ。憂鬱だな。研修の準備の前段階にしてこれか。学級の今後すら危うい気がするぜ。

 

 

Take it easy.


To be considered.

教科担任について

数日前から風邪をひいている。喘息持ちで気管支がめっぽう弱いので一度席が始まるとなかなか止まらないのである。さっさと風邪とはおさらばしたい。

 


高校二年生になって1週間と数日経ったのだが、今回は教科担任がどこもひどい印象。生徒の身分で教師のことをとやかく言うのは恥知らずなのかもしれないが、当たりは当たり。外れは外れなのである。やはり授業は教科よりもその担当の教師が重要なんだと思う。変わることはないのだから、何を言おうとどうにもならないのだが、クラスメイトとわーわー愚痴を言ってる。たった数回の授業で教師の良し悪しを決めつけるぼくらもぼくらだが、たった数回の授業で良し悪しを決めつけられる教師も教師である。特に英語表現の教科担。あれはやばいぞ。おっそろしいものがきた。どうしような。1年間生きてられるかな。

 

 

こんなことをほざいておいて、学年末に「やっぱ、英表の教科担まじでサイコー。まじ卍」とか言っていたらそれもそれで。

巣立つべきか否か。

このブログも誕生してから3年と数ヶ月が経つ。前々から言っているように元々このブログは、ぼくが大人になってからも中学生や高校生の頃の自分に出会えるようにすることを目的で書いている。今のところこの軸はぶれていない。

さて本題に入ろう。この目的をわざわざUnder The Azure Sky.で果たそうとする必要があるのかということだ。中1から続けてきたこのブログにはとても思い入れがあるし、自分自身と直結しているように感じるほど大きな存在である。だがそれ故にフットワークが重くなっているような気がしてならない。一時かっこいいと思っていたアフィブロガーの影響で書いた薄っぺらい内容のアフィ記事が主なアクセス元だなんて大きな声で言えない。要するに恥ずかしいんだな。

でも、高校生までのエントリはここにまとめておいた方が後々見やすいだろうからな。とりあえずはここで頑張ってみようかしら。高校忙しくてロクに更新できていないし。

大学生になったら(というよりなれたら)、拠点を移して頑張ろうかな。それまではここで準備しておくね。